日本画について

日本画とは、文字通りにとらえると日本の絵ということですが、この用語は、19世紀、明治時代に、ある理由から作られました。

江戸時代(1603-1867)末期、西洋からの絵画の技法が日本に導入され普及し始めたとき、これらの油彩画などを西洋画と名づけると同時に、それまでに、日本で描かれてきた絵画を西洋画と区別するために、日本画と呼ぶようになりました。

日本画とは、これらの江戸末期までに描かれてきた日本の絵画を指したものですが、狭義には、岩絵の具や泥絵の具と呼ばれる日本独自の方法で精製された色材を膠(動物の皮や骨から作られた接着剤)で溶いた絵の具を主に使って描かれた絵画のことを特に指し、水墨画や浮世絵とは違ったひとつのジャンルを示します。以後、この狭義での日本画を、主に材料学的観点から紹介したいと思います。

日本画の顔料は、鉱物から精製された岩絵の具、動植物など天然素材から作られた染料を体質顔料(無色の顔料)に染め付けたレーキ顔料、土を精製した泥絵の具などで、これらの顔料を、動物の背骨や皮から作られた膠と呼ばれる展色剤(絵具を画面に定着させるための接着剤で、日本画の場合、乾燥した膠を水で溶いたものを使用)で溶き、紙や絹などの支持体に描かれます。

また、日本画の岩絵の具には、それぞれの色に粒子の大きさによる区分が設定されています。
大きいものより1番から13番、一番細かいものを白(びゃく)といい、粒子の粗いものほど色が濃く(高彩度、低明度)細かくなるほど、色が薄く(低彩度、高明度)なります。

現在、油彩画やグアッシュなどの絵具が最初から展色剤と練りあわされてチューブに入って市販されている(昔はこれらの絵具も作家自身の手により展色剤と混ぜ合わされていた)のに対して、日本画では、今でも絵具と膠水を溶き合わせる作業を、毎回手作業で行います。なぜなら、的確な色と堅牢な画面を得るために、どの色のどの粒子を使うか、または描き進めていく中で、どの行程でその色を使うかで、膠水の濃度を変える必要があるからです。

一般に、描き始めは濃度の濃い膠を使い、絵が仕上がりに近づくにつれて、薄い膠を使います。また、粒子の粗い膠には少し濃い目の膠水を使う必要があったり、同じ粒子であっても色の違いにより、適宜膠の濃さを変える必要があります。この膠の濃度の加減が的確になされていない場合、絵具が効果的に発色しなかったり、後に剥落やひび割れを起こす原因となったりします。

また、この膠の濃度の加減のしかたは、作家の経験測に委ねられるところが大きく、それぞれの作家により微妙に違い、このことがそれぞれの作家が独自の色合いを作る一つの決め手ともなります。

西洋絵画において、油彩画が主流になる前にはテンペラ画が多く描かれましたが、これらに使用された顔料は、基本的には日本画と同じで、鉱石、動植物系の染料を体質顔料(無色の顔料)に染めつけたレーキ顔料などから作られ使用されてきました。油彩画の場合は乾質油、テンペラ画の場合は、膠や卵を展色剤として混合して使用されました。

油彩画が光沢のある画面をしているのに対して、テンペラ画も日本画も光沢がない仕上がりになること、また前者が、光と影を描くことで立体的な表現がなされるのに対して、後者は、線により形を現し、平面的表現であることなど、テンペラ画と日本画には多くの類似点を見ることができます。テンペラ画も日本画も、それらの絵具や技法の特質上、パレット上での混色よりも、塗り重ねなどの画面混色が適しており、グラデーションなどの表現が油彩画のように滑らかにはできないなどの限界があり、そのことが「線」を中心とした表現様式を作り上げたとも考えられます。

このように、テンペラ画と日本画には多くの類似点が見られますが、使用される色には微妙な違いがあります。なぜなら、同じ原料を使っていても、気候や風土により、また、何で溶くか(何を展色剤とするか)、紙、キャンバス、板など何を支持体にして描くかにより、発色や、描いてからの経年変化が違うので、描かれた地域によって、たくさんある顔料の中でも、その地域の風土や文化にあうものが選択され、洗練されていきました。日本の気候には四季があり、緑と水に恵まれた特色のある風土であり、その土地柄をベースにして日本特有の文化なり美意識が培われてきました。日本画に使われる伝統的顔料は、まず、膠で溶いたときに美しく発色することを条件に、日本人の美意識から選択され、選り抜かれてきたものです。

現在では、情報化社会により世界中の美しい色や形を目にすることができ、いろんな価値観や文化を学ぶことができます。また、年中エアコンの利いた部屋に暮らし、昔ほど季節により違いが感じられない時代に住んでいる多くの現代日本人にとっての美意識は、どんどん変化してきています。

より多くの色の求められる現在では、さまざまな人工による岩絵の具なども開発されより多くの色が使用されるようになり、さらに、現代日本画作家においては、アクリル等、日本画絵具以外の材料と混合して使ったり、支持体も和紙や絹だけではなく、油彩用のキャンバスを使ったり、布を使ったりとさまざまな方法や表現が試みられてきています。

このように、現在日本画は多彩ではあり、ひとことで定義することが困難ですが、日本の絵画の様式の流れや、より多くの現代日本画を鑑賞していただくことで、日本画にみられる日本人の美意識や価値観、微妙な色彩の感覚などを感じ取っていただければ幸いです。


吉川文代 2002年 (2013年一部 改訂)

©2002 Fumiyo Yoshikawa
www.fumiyo-y.com