サンフランシスコ便り

●BOB花村さんという人(2004年11月12日)

12月2日から1月7日まで、下記の展覧会が行われます。
"一緒 Issho/Together; Japanese American/Japanese National Artists in America"

キュレーターはボブ花村氏。「元気ですか?」と問うと「生きてます。」と応える彼は、サンフランシスコに日系2世として生まれ、第2次世界大戦中は日本人強制収容所にも入れられていたという歴史的人物ですが、80歳は優に越しているだろうと噂されている年齢(実際の年齢は誰も知りません)を全く感じさせないくらいダンディーでアクティブ、魅力あるれる老紳士です。

サンフランシスコでは、1920年前後、日本人移民が多く住む地区が次第に大きくなり日本街が形成されました。第2次世界大戦中取り壊されましたが、1950年頃から復興され、1965年、政府公認の地区となります。そこに住む日系人を中心に、今も日本の文化とそのアイデンティティーを保とうとするさまざまな企画や試みが発信されていたりもします。花村さんは、その日本街に生まれました。

彼は、子供のとき母親に教えられたという日本語で子供がするような話し方でぽつぽつと語りかけます。「ぼく、あんまり日本のこと知らないの。」

アメリカに住む日本人といっても、二種類の日本人がいます。日本で生まれ育ってからアメリカに渡った日本人Japanese in Americaと、アメリカで生まれ育ち、日本の土地を知らない世代の日系アメリカ人Ja;anese Americanです。そして、この二つのカテゴリーに分けられる日本人たちは、お互いに避けあう傾向があったりします。

なぜなら、同じ日本人の血を引き、同じような顔つきをしていながら、この2種類の日本人たちは、母国語も違えば(日系アメリカ人の母国語はやはり英語なのです。)、生まれ育ちながら自然に吸収した文化も身に着けた価値観も全く違っていて、お互いのことが理解できそうでいて本当のところ理解できないというジレンマがあるからです。

日本人の親を持っていても、たとえ日本街に暮らしていても、2世以降の日系アメリカ人のなかには日本語を話せなかったり、日本の文化のことを「遠いお国の物語」程度にしか知らない人も多くいます。彼らの日本への思いは、異国に対するものにも似た興味、あるいは憧れであると同時に、深く知らないが故の、それでいて切っても切れないルーツに対する反発や嫌悪、あるいは偏見であったりと、複雑なものがあるのです。

花村さんは続けます。「ぼく、日本のこともっと知りたいの。日本へは3度行ったことがあるけど。第2次世界大戦が終わった後、それから1993年と1994年。」
花村さんは、終戦直後、焼け野原となった日本を目の当たりにしました。そして、この3度の訪日で、1942年強制収容所で亡くなった父の出身地である東京と、1960年にデトロイトで亡くなるまでアーティストとして生きた母の出生地、四国を訪れています。花村さんがそのとき日本に何を見たのか、どれほどの思いが駆け巡ったのか、多くを語らないその遠い眼差しからは計り知ることもできません。

花村さんは、今回の展覧会、"Japanese American / Japanese National Artists in America_一緒 Issho/Together" で、今まで互いに交わることのなかったこうした日系アメリカ人と日本から来たばかりの一世のアーティストを同じ展覧会の中でコラボレーションさせることで、その間にある溝を少しでも埋めるための第一歩、最初の架け橋を作ろうとしているように思えます。

会期は2004年12月 2日から2005年1月7日までになっていますが、「ぼくスローだから、1カ月ほど予定が遅れてるの。」と、この期に及んで飄々と嘯く花村さんを見ていると、多くの人たちを巻き込んで、彼自身ここ1年近くずっとその精力を注いできたこの展覧会は、本当に実現するのだろうかと少々不安にもなりますが、及ばずながら私もこの愛すべきボブさんのお手伝いをさせていただきつつ、この展覧会の成功を心から祈っている次第です。

この時期、サンフランシスコを訪れる方がいらっしゃれば、是非とも脚を伸ばしていただきますようお願いします。
詳しくはhttp://www.meridiangallery.org/ で確認することができます。

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● ブッシュの再選ついて(2004年11月5日)

私はこの2004年春から、諸事情によりサンフランシスコに住んでいます。なぜこの時期アメリカか?と思われる方も多いことと思います。私自身、アメリカのイラクに対する、または世界に対する横暴や、今回ブッシュが再選したことなど、受け入れられないことはいっぱいあります。とはいえ、私の住むサンフランシスコはアジア人や中南米人を中心とした世界中からの移民が他の地域よりもずっと多く雑居する街であり、白人第一主義、保守派の多い中西部アメリカとは一線を画しています。中西部の票でブッシュは今回再選されましたが、ニューヨークを中心とする北東部や、サンフランを中心として北カリフォルニアなどでは、選挙前もブッシュたたきのキャンペーンがあちこちで展開されていました。このあたりでは、選挙後には多くの人たちが落胆し、私の知人の中にも、アメリカに失望して、国外移住を考えている人もいるくらいです。

このように、一言でアメリカといっても州や地域によってそれぞれに民度は違います。まあ、この土地に住むことで、さまざまな人たちや文化に触れ、日本の美術や文化、社会や習慣について、比較したり考え込んだりすることは以前より多くなりました。

● サンフランシスコのアートについて(2004年11月5日)

ここサンフランシスコのアートシーンは、どっかの高校か大学辺りの学芸会をひっくり返したみたいな感じもあります。少し前から絵を描き始めた人でも、「私はアーティストです」と堂々と胸を張って言い張り、このような俄アーティストだろうが、何十年もアート一筋にやっている達人だろうが、皆同じ土俵でせめぎ合っているこの世界は、まさに玉石混淆。全般的に、技を極めるよりも、次々に新しいこと、誰もやらないことを始めてみることに重心が置かれているような傾向があり、一つ一つの作品に重みや深みを感じないことが多々ありますが、受け取り方によっては、それにも増して多くの刺激やインスピレーションを得ることもあります。

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