サンフランシスコ便り 2005
第10章 バーネルハイツの隣人たち
私たちの住むバーネルハイツは、ミッションディストリクトの南側に位置し、昔はサンフランシスコ市の中には組み込まれていなかった場所だ。10数年前までは、街のはずれの低所得者の住む地域として、あまり人気のあるところでもなかったのだが、シリコンバレイから始まったドットコム景気をきっかけとしたサンフランシスコを含むベイエリアの人口の増大と地価の急騰にともない、この辺りもだんだん地価が上がり、ファンシーな家も多く建つようになった。
それでも、昔ながらのバーネルハイツの住民も、こうしてやってきた新しい住人も、こよなくことの土地を愛していて、地域ぐるみのお祭りや、お互いの交流が今も息づいている。そして、彼らの社会へのかかわり方から多くを学ぶ。
私たちの家の隣に住むピートなどは、子供のときからこの土地に住んでいる生粋のバーネルハイツっ子である。ボールドヘッドのいかついおっさんで、いつもお気に入りのイージーライダーみたいな大型バイクを派手にふかしながら家を出入りする。近所中に聞こえそうな大音量で音楽をかき流しながら、下品な笑い声を立てるごろつき仲間に囲まれてらりっていることも多々ある。ピートのバルコニーではマリワナを栽培しているというもっぱらのうわさで、それを目当てにこの連中は集まっているらしい。
そんなピートであるが、私が退院してまどかを連れて家に帰った日、タキシード姿で現れて、そんなごろつき仲間からの寄せ書きを集めた出産祝いのカードを手渡してくれた。何か必要なことがあったらいつでも相談してくれと言う。彼は意外と子供好きなのである。そういえば、ハローウィンやクリスマスの時には、毎年、子供が喜びそうな、かなり凝ったデコレーションで家や玄関を飾りたて、近所の子供にキャンディーを配ったりして大奉仕している。
また、裏の家には、まどかより3ヶ月ほど年上のエリザベスと7歳になる少女アナが住んでいる。両親のパトリックとビッキーは、それぞれアイルランドとオーストラリアからの移民で、二人の女の子はどちらも養女なのだそうだ。こちらでは、恵まれない子供を引き取って育てると言うのはかなり一般的で、多くの人が実践している。中には自分の子供ができないからという理由ではなく、世の中人口過多なのだから、自分は子供を作る必要はないと考えつつ、その分恵まれない子供を引き取って育てることの方が有意義だという考えから養子をもらう人もいるという。彼らも、私たちに新しく子供ができたことを知ると、声をかけてきて夕食に招待してくれた。それ以来、庭に出て見かけるとお互いに声を掛け合っている。
はす向かいの若いカップル、ノエルとケリーの間にも、まどかから2ヶ月遅れて男の子が誕生した。彼らは二人ともミュージシャンで、いつの日だったか、自分たちのハウスウォーミングパーティーを兼ねて、ライブを企画し、友人知人などからは会費を取ったが、隣人たちは無料で招待してくれた。そのライブでの収益金は、ムーブオンという反戦の市民活動への助成金として寄付したと言う。
私たちの家から何軒か離れたご近所さん、クリスの家庭にも2歳になる女の子がいる。彼らは先日改築を終えたばかりらしく、ハウスウォーミングパーティーを開いた。私たちも招かれ、彼らを訪れたが、素晴らしい手作りの庭があり、その力の入れぶりに目を見張った。彼らは、自分たちの庭を改造して、それまでかなり大回りしないとたどり着けなかったその家の裏の道までの近道を作り、その私道を近所の人々が自由に使えるように解放している。
皆それぞれに、個性的で自分たちの生活を十分楽しみながらも、自分の属する地域やもっと広い意味での社会への貢献も忘れない。個人主義ばかりが目立つアメリカではあるが、まだまだ個人レベルでの地域社会への繋がり、助け合いや奉仕などの精神も廃れてはいないことをこれらの愛すべき隣人から学ぶことができる。私たちは、いったいこの地域、この社会に何を貢献することができるだろうか。自分に問い直してみる今日この頃である。