サンフランシスコ便り 2005
第4章 アメリカでの結婚
2002年グアテマラから始まった中米、ヨーロッパ、北米を巡る一年近くの旅の終わりに、サンフランシスコに住む今の夫を訪れた。彼は京都の大学時代の同窓生で、同じように旅を愛する人間だったので、募る旅の話に花が咲いた。それがきっかけで、私はそのままこの場所に留まることにした。月日が経ち、やがて二人の間に子供ができた。
私たちは結婚することにして、サンフランシスコのシティーホールで式を挙げた。日本であれば、市役所で結婚届を提出して終わりのようなものだが、アメリカの場合は、そのような簡易な結婚においても、裁判官か司祭のもと、結婚の宣誓をすることが手続きの中に組み込まれている。「病めるときも健やかなる時も、富めるときも… 死が二人を分かつまで永久に愛し合うことを誓う」というあれである。私たちの式では、神父がいうことに「誓います」と応えればいいだけでなく、自分で繰り返さなくてはならなかったので、聞き取れない部分などかなりいい加減にもそもそと何とかごまかしつつようやく宣誓を終え、証人の見守る中、指輪を交換し誓いのキスを交した。
シティーホールはボーザールスタイルの美しい建物で、初め1897年に建てられたがは1906年の大地震で損壊し、1915年再建されて以来最近まで改装が繰り返されてきた。ことに、純金箔で華麗にふちどれたドームは、首都ワシントンのそれよりも高くそびえ、建物全体を際立たせている。このシティーホールを含めたシビックセンター全体が、サンフランシスコの名所であるにとどまらず、国の名所として登録されている。ちなみに、かのマリリンモンローもジョーディアッジオとここで結婚をしたと言われる。
式が終わってから上の階に昇って辺りを見学した。繊細な透かし彫りの施された天窓から午後の光が差し込み講堂の中央に設置された大時計に差し込む様を心に刻んだ。お腹の子供は4ヶ月になっていた。