●2003年 グアテマラ アンティグア個展によせて (4月26日記)

ここ、アンティグアに住み半年が経ちましたが、この街を深く愛してやみません。アンティグアはマヤの文化を残しつつ、西洋文化との融合を経て創られた独特の街であると感じます。この町を特色づける古い教会の数々などを見るとき、多くの驚きと発見があります。一人の画家としてアンティグアを拠点に、この街、そしてグアテマラとその周辺の国々の自然と芸術、そして文化に触れることにより、イメージが膨らみ、私の創作意欲を大いに掻き立てました。

私は長い間、アメリカ古代文明に漠然とした興味を抱いていていました。その文化や芸術には、どこか、古代日本、または東アジアあるいは東南アジアのそれに共通するものがあるからだと思います。古代アメリカ人はユーラシア大陸から移動したモンゴロイド系人種であると言われることからそれは道理と言えましょう。私が古代アメリカの文化に、ある種のノスタルジアを感じるのはそのためかもしれません。
アメリカ古代文明におけるアニミズムは、仏教が日本に伝来する前の信仰、(総ての自然には神が宿っていると信じられ、太陽や月、水や木々、または動物などが信仰の対象でありました。)と共通しています。
また、マヤ美術の装飾に多く見られる螺旋模様は、蛇を形どったものといわれますが、日本における縄文期(紀元前1万年前後から紀元前4世紀頃)に見られる土器などの装飾文様に共通するものがあります。
螺旋形は、私にとって、心や体から発信される自然な感覚に従って手を動かすとき自ずと現れる形であり、私のこれまで作品の中にも多く登場してきました。だからこそ、これらの造形に深く魅せられるのかもしれません。
さらに、マヤの象形文字は、日本でも使われている文字、「漢字」と共通するものがあります。漢字は中国に起源を発し、紀元前十数世紀の中国は韻の時代には既に用いられていたと言う記録が残ります。漢字もまた、自然の形を絵にした象形文字で、ある種の簡略を経た後、韓国や日本に伝わりました。その後さらに、それぞれの国で、独自の変換を経て現在の形となりました。日本の場合、漢字および、ひらがな、カタカナの3種類の文字体系があり、ひらがなとカタカナは漢字を簡略化した表音文字です。日本における漢字は、中国から伝わったオリジナルの形に近く、現在中国で使われる漢字が、さらに簡略化され、マヤ文字と同様に表音文字も多く含まれるのに対して、日本の場合、ひらがなやカタカナが開発されたため、漢字はそのほとんどが基本的に表意文字で約2000の字種があります。
中国、韓国、日本には書道という芸術分野が存在しますが、それは文字そのものを美術と捕らえ、その形を追求し、精神性を含めたものです。書道の世界においては、墨の濃淡や暈しなどの微妙な色調や、余白、そして落款の形や色、またそれら総ての配置やバランスなどが重要な要素となります。落款は、作者の銘を刻んだ手作りの印鑑のようなもので、一般的には朱、金などの色を使用します。西洋におけるサインのようなものといえましょう。
私を含め多くの東洋人にとって、漢字は身近であり特別の愛着を寄せるものであり、私がマヤの象形文字に大きな関心を抱いたことは自然な成り行きと言えるかもしれません。
今回発表しましたマヤ象形文字シリーズは、古代マヤの精神世界において特に重要と思われる文字を選び、そのイメージを作品化したもので、それと同様の意味を持つ漢字を対応させました。
また、古代マヤにおける星や月や太陽への信仰もまた、月にはウサギが住むという民話など、日本でも昔から伝えられる多くの共通するイメージを発見することができます。
さらに、彼らの星への関心は西洋における占星術や錬金術ともイメージが重なり、さらに私の想像力を刺激しました。初期の西洋人のマヤ文字研究者たちが、マヤの文字は、ラテン文字を基礎としていると考えていたことなど興味深いことです。これらのイメージから太陽、月、星座のシリーズを描きました。
そして、私の見た他の地域や、アンティグアにある教会の数々は、バロック様式のようであり、どこか古代マヤ装飾の香りがあり、不思議な印象があります。キリスト教への信仰の強さや、それに関わる芸術もまた、西洋にはない独特のものがあり、まことに興味深いものといえます。
西洋文化との関わりは、日本においても16世紀には既にありましたが、その後日本は、独立を保つため鎖国と言う方針をとりました。そのため、19世紀に至るまでは日本は独自の文化を発展させることになりした。しかしながら19世紀以降、日本における西洋文化の導入は目覚しく、キリスト教の導入は積極的には行われなかったことは別として、政治、経済、学問などあらゆる分野において、それらの影響なくして今日の日本は語れません。
このように、同じく西洋文化との融合がありながら、アメリカ大陸におけるそれは日本とは全く違った形の独特の世界を生み出し、それに出会ったことは大きな驚きであり感動でした。

この展覧会においては、外国人として、また日本人としての視点から感じた、こうしたさまざまな印象と感動を表現した作品を展観しています。これらは、私がこれまで日本で培ってきた日本画の技術と感覚を基礎として表現したものですが、日本画のある種の特殊な素材については、こちらでは入手が困難であっため、アクリル絵の具をその代用として使用しています。この作品展において多くの新たなる試みができたましたことは、私にとって大きな実りとなりました。

今回、幸運にもアンティグアで知り合うことができた最良の友人、ペドロ ルイス パロモ氏他、たくさんの愛すべき友人たち、そしてTaller4の皆さん、また、他大勢の方々のご支援をいただき、この展覧会を開催することができましたことを深く感謝いたします。

吉川 文代


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